東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)86号 判決
一 原告の請求の原因及び主張の一ないし三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
二 原告は、本件発明は、半導体基体上の絶縁層上の一方の導電接続と交叉する他方の導電接続を構成する拡散表面領域を二個のpn接合で囲み、このように他方の導電接続を、各別の二様の導電接続で構成する点に、その構成上の特色があると主張する。
原告の主張する「他方の導電接続を、各別の二様の導電接続で構成する」とは、本件発明の明細書の特許請求の範囲(成立に争いのない甲第三号証特許公報参照)の項における「交叉接続個所の他方の接続を拡散表面領域とこれに隣接する絶縁層上に形成した抵抗値の低い導線とで行う様にした」という記載を、明細書添付図面特にその第八図とそれらの説明と併せてみると、次のようなことであると解される。
すなわち、本件発明は、交叉導電接続個所の一方の導電接続を、絶縁層上に形成した抵抗値の低い導線で行なう(特許請求の範囲の項)ものであり、他方の導電接続は、「拡散表面領域とこれに隣接する絶縁層上に形成した抵抗値の低い導線で行う」ものである。しかして、この拡散表面領域80と、それを囲む反対導電型の第二拡散領域81との間にはPn接合82があり、また、第二拡散領域81と、拡散表面領域80に等しい一導電型を有する基体の下側部分21との間には、pn接合83があつて、これら二個のpn接合のうち、いずれか一方は予め短絡して形成されており、実際の使用時において、他方のpn接合に逆バイアスが印加されるのであるから、結局のところ、他方の導電接続については、pn接合82あるいは83のいずれかに分離の機能をもたせるのであるが、これに応じて次の二つの態様が考えられる。(ⅰ)pn接合82は逆バイアスし、pn接合83は短絡し、前者の分離機能を利用する場合、導線B↓拡散表面領域80↓導線B(ⅱ)pn接合82は短絡し、pn接合83は逆バイアスし、後者の分離の機能を利用する場合、導線B↓拡散表面領域80及び第二拡散領域81↓導線B。すなわち、原告のいう「各別の二様の導電接続」とは右(ⅰ)、(ⅱ)の場合をいうものと解される。
ところで、審決は、右のように二個のpn接合のいずれかに分離機能をもたせる点につき引用例のRESISTORの部分に記載があるとするのであるが、原告は、「引用例のRESISTORと表示された部分は、電気回路に用いられ、電気抵抗を有し、抵抗を積極的に利用する回路素子であつて、電気回路を保護し、作動し又は電流制御を達成するためのもので、回路素子相互間を単に接続するためのみに用いられる導線とは、その構成はもちろん、作用及び効果において根本的に相違する。引用例も本件発明の第五図も交叉導電接続個所と、抵抗器、トランジスタ等の回路素子とを示し、交叉導電接続個所と抵抗器とは、互に導線で接続されている以外に何の関連もない。しかもかかる抵抗器の構成を変更して本件発明の新規な交叉接続個所を構成する点は、引用例にはいささかも記載されていない。」と主張する。
resistorは、抵抗器であり、一般に抵抗器は、電気回路に接続されることにより、その回路を流れる電流を積極的に制限して、両端子間に電流に比例した電圧降下を生じさせるものであり、導線は、個々の回路素子間を電気的に接続するためのものであつて、その抵抗値は可及的に小さいものを良しとするものであるから、抵抗器と導線がその構造、作用、効果において相違するとの原告の主張は、その限りにおいて正しい。しかしながら、半導体集積回路においては、個々の回路素子のほとんど全てが単一の結晶半導体物質の基体中に形成されており、このため、これらの回路素子間の導電接続には、もつぱら、(1) 半導体物質の基体表面を掩う絶縁層上に設けた金属導線を介して接続する、(2) 半導体物質の基体それ自体に形成された比較的高不純物濃度の領域を介して接続する((引用例図面の3rd(n+)DIFFUSIONとある部分参照))、(3) 前記(1)及び(2)を併用して接続するのが普通とされているところ、右の(2)あるいは(3)の接続手段による場合には、半導体物質の基体の一部に形成した領域それ自体が導線の役目をなし、それに付された導線とともに導電接続のための導電路を形成するのであつて、これは、不純物濃度が高く、抵抗値が極めて小さい一種の抵抗器ともみなし得る機能と構造を有するものであり、一方、同じく半導体集積回路において、半導体物質の基体の一部である領域に、抵抗器という回路素子を形成する場合には、この領域は、その幾何学的寸法(断面積及び長さなど)とともに、その不純物濃度を適宜選び、その領域に設けた二端子間の抵抗値を目的にかなう所定のものにしなければならないから、半導体集積回路における右の(2)あるいは(3)による導電路と抵抗器とはその構造及び作用効果においてほぼ同等とみることもできる。
そうすると、引用例のRESISTORとあるところに見られる二個のpn接合で特定の領域の分離を行なうという、引用例におけるような公知の技術手段を、本件発明の交叉導電接続個所における導電路の形成に類推転用することは、当業者なら容易になし得る程度のこととみるのが相当であつて、この点に関する審決の認定に違法はない。
三 原告は、本件発明のものは、拡散表面領域を二個のpn接合で囲むため、一方の導電接続と交叉する他方の導電接続は二様となり、この拡散表面領域に接続した導線に供給する電圧の極性を変えることができるが、このような本件発明の作用効果は引用例には示唆されていないと主張する。
しかしながら、基体表面に導電路を設ける場合、この導電路を構成する領域を二個のpn接合によつて囲むことは、当業者が引用例から容易に類推できるものであること前説明のとおりである以上、導電路に供給する電圧の極性を正負いずれにも変えることができるという効果も、引用例にも示されている公知の技術手段から当然に予測し得るものであつて、これを特段のものということはできない。
四 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本件審決にはこれを取消すべき違法の点をみいだすことはできないから、その取消を求める原告の請求を棄却する。
〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。
半導体基体を具え、その少くとも一側上に、例えば酸化珪素のような絶縁材料を被覆するとともにトランジスタ、ダイオード、抵抗等の如き多数の回路素子を設け、前記絶縁層上には抵抗値の低い導線を設けて回路素子相互を導電接続した複合半導体装置において、少くとも一個の交叉導電接続個所を具え、その一方の導電接続を絶縁層上に形成した抵抗値の低い導線で行ない、交叉接続個所における絶縁層の下側の基体には拡散表面領域を形成し、この拡散表面領域を、これの導電型及び基体の下側部分の導電型と反対の導電型の第二拡散領域によつて囲み、前記交叉又接続個所の他方の接続を拡散表面領域とこれに隣接する絶縁層上に形成した抵抗値の低い導線とで行なうようにしたことを特徴とする複合半導体装置。